平成19年度

第6回

<わが祖国> 〜チェコ国民音楽の巨匠たち

大津 純子(ヴァイオリニスト)、岡田 知子(ピアニスト)

20/10/2007

講演動画

本公演の映像公開はございません。

講演概要

今回はチェコの国民音楽創造に情熱を傾けた、スメタナ(1824〜84)とヤナーチェクの作品を中心に取り上げました。 ボヘミア出身の作曲家であり、ピアニスト、そして指揮者としても活躍したスメタナはチェコ"国民楽派の祖"として、また、国民的英雄として現在でも国民より絶大な尊敬を集めています。6歳でリサイタルを開き、8歳の時に最初の作品を作曲。また、19歳でリストと親交を結びました。1848年、台頭してきたナショナリストの戦いに自らも加わりますが失敗に終わり、その後、音楽学校設立を試みます。チェコで再燃したナショナリズムに呼応するように、1863年、愛国心に満ちたオペラ『ボヘミアにおけるブランデンブルク家の人々』(18世紀、ボヘミアに侵入したドイツ人を相手に戦ったチェコ人を扱った)を作曲。プラハ国民劇場の創設に関わる傍ら、チェコ国民歌劇の創作に取り組み、オペラ『売られた花嫁』を1866年に作曲。同年、国民仮劇場の指揮者に任命されますが、耳の疾患で完全に聴力を失ったため、1874年に辞任。その後は作曲に専念し、連作交響詩『わが祖国』、ホ短調弦楽四重奏曲『わが人生より』(最終楽章に耳の病からくる「耳鳴り」の音を楽想に取り入れている)、そして1880年のヴァイオリンとピアノのための二重奏曲『わが故郷より』など一連の傑作を残しました。オーストリア支配下にあったチェコ文化の中で育ったスメタナの作品にはドイツ音楽の影響が見られますが、スメタナによって拓かれたチェコ国民音楽創作の動きは、ヤナーチェク(1854〜1928)を始めとする後進に受け継がれていきます。 出身地・モラヴィアの国民主義を代表する作曲家・ヤナーチェクは、ブルノやプラハのオルガン学校などで学んだ後、成功を夢見てライプツィヒとウィーンに向かいますが夢果たせずにブルノに戻り、音楽院にて教鞭をとります。モラヴィアの民俗音楽に深く関わり、民謡の編集や和声付け、演奏に取り組みます。1881年にブルノ・オルガン学校を創設し、学長に就任。1904年、彼の第3作目のオペラ『イェヌーファ』(彼女の養女)をブルノにて発表し成功。更に1918年にはそのドイツ語版がウィーンとケルンにて大成功を収めましたが、丁度その年にチェコスロバキア共和国の設立を見たことがヤナーチェクの創作意欲に拍車を掛け、人生最後の10年間には独自性、精気、活力に満ち溢れた作品を次々に発表します。ロシアの国民主義音楽、特にM.ムソルグスキーのリアリズム芸術に深く傾倒し、モラヴィア民謡と、朗唱=スピーチから醸し出される強いリズムを基礎にした歌劇の創作、また晩年には一連の器楽曲で注目を浴びました。 プログラム: *B.スメタナ:わが故郷より 〜 ヴァイオリンとピアノのための2つの二重奏曲 *L.ヤナーチェク:ヴァイオリン・ソナタ(4楽章) ほか

概要・略歴

https://www.nii.ac.jp/userdata/karuizawa/H19/karuizawa2007_6.pdf

資料

知と美のハーモニーページ

https://www.nii.ac.jp/about/publication/harmony/#harmony6

NII webページ

https://www.nii.ac.jp/event/karuizawa/2007/